「日本母親大会in 和歌山」に参加して
今回日本母親大会に参加を決めた時、父・祖父の出身地の和歌山県を意識しませんでしたが、現地を見て漠然と自分とつながった土地を感じました。私は、昨年病気してから旅行に出ていなかったので、集団行動についていけるか心配でしたが、参加することができて本当に良かったと感謝しています。
☆
全体会のメイン講演が、東京の第五福竜丸展示館の安井和也さんのお話でしたが、原水禁運動に長く携わってきたものにとっては、第2次世界大戦後の大国の核開発競争とその核実験が何をもたらしたかのお話は、衝撃的でした。地球上での核実験は2060回も行われたとのこと。核兵器禁止条約ができて、実験の被害者救済が明記されていても、実験当事者は条約に未加盟、その実態は隠され当事者は何も知らされないまま放射能被害に苦しみ亡くなっていく。
核をどうなくしていくか、打開の方策を探していかなければならない・・・・・・・・。
☆
29日の分科会は、「核兵器も戦争もない平和な世界を」と題するシンポジウムに参加しました。この分科会については、別の報告があると思うので、私は、このシンポジウムの報告者の一人、今年大学卒業後の23歳、(「核廃絶ネゴシエーター」一般社団法人かたわら)を創設して、横浜と広島を往復している高橋悠太さんのことを紹介します。
この高橋悠太さんには、私がお会いしたのは2回目で、1回目は確か昨年か一昨年夏に生活クラブのOBの方が宮前区鷺沼にお住まいの被爆者・松本正さんのお話を聞く会を計画され、そこに同席されていました。
今回、高橋さんは、「核のない世界へ、あきらめない社会をつくりたい」「平和をつくる」との思いで、「かたわら」をつくった、と冒頭に話されました。世界の核兵器の現状を話されたあと、高橋さんは、「なぜ自分は、この問題で動くのか」を話されました。被爆体験、運動が先行世代の問題になっていることへの反感がある。青年の意識調査では、「社会をよりよくすることに貢献したい」と思っている人は、92%いる。そこの人たちに働きかけたい。若い世代を応援してほしい、とむすばれました。
若い後継者がいなくてどこの団体も苦労しています。けれど、若い世代の方も苦労しながら、「平和」をつくる立場で努力を重ねている姿に感動しました。
オプションの熊野古道と熊野本宮も印象に残る良い経験でした。
(たけやぶ班 会員)