2023年3.1ビキニデー集会に参加して
原水協と新婦人宮前支部の支援をうけて2023年3.1ビキニデー集会に行って参りました。参加したのは、2月28日の日本原水協全国集会の全体集会と分科会、3月1日の墓参行進・墓前祭と3.1ビキニデー集会です。4年ぶりの現地でのリアル集会で、私もこうした多人数の集会参加は久しぶりで、様々な刺激を受けることができました。(全体集会とビキニデー集会はオンライン配信あわせてそれぞれ940人と1500人以上、墓参行進も500人と報道されていました。)
2月28日午後の全国集会の共通テーマは ①核兵器にない世界を実現しよう ②大軍拡反対、日本の核兵器禁止条約参加、平和憲法の実行 ③日米両政府ビキニ水爆実験被災者、広島・長崎の被爆者の全員救済というものでした。今の情勢において核兵器廃絶がなぜ必要とされるかが多くの方によって語られました。
ビキニデーの由来のビキニ事件とは、1954年3月1日アメリカによるビキニ環礁の巨大な規模の水爆実験によって、周辺海域にいた日本漁船やマーシャル諸島の島民が被災した事件とは知っていましたが、この3度目の核兵器による被害に、水爆実験の即時中止や原水爆の禁止を求めて人々が署名運動にたちあがり、当時の人口の半数にあたる3200万人の署名が集められたこと、原水爆禁止運動の出発点がここにあるということは初めて知り驚きました。墓参行進と墓前祭は、事件後半年後に「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」との言葉を遺して亡くなった第五福竜丸の無線長の久保山愛吉さん(当時40歳)のご冥福を祈り、核兵器をなくそうという思いを共有するもので、1日朝の焼津駅から久保山さんの眠る功徳院までの行進は、各団体がのぼりを立てて静かな焼津の街中を長い列をなしました。
同日午後のビキニデー集会のメイン企画の中では、第五福竜丸元乗組員大石又七さんの義妹の河村惠子さんが登壇されました。看護師だった彼女のお姉さんが東京の病院に入院中の大石さんと知り合い生涯を共にしたいと告げた時、家族は最初「ピカドンとは結婚されられない」と反対したそうです。当時放射能がうつるとされたり、見舞金が妬み嫉みの元となることなどが理由です。その後東京で結婚し東京の大石さん夫妻の家に下宿させてもらっている間も、大石さんは福竜丸のことを全く話されなかったそうです。長い沈黙を破って国内外で700回を超える講演活動を行い、4冊の本を出され、核実験の被害者救済と核廃絶を訴えて2021年に亡くなるまで闘い続けられた大石さんの遺志をついでいきたいと語られました。
また、室戸のマグロ漁船員で被曝した遺族の下条節子さんからは、救済を求めて裁判で闘っていることが報告されました。1954年の水爆実験で当時福竜丸以外にのべ千隻にも及ぶ漁船が被災していたのですが、日米政府が政治決着を図り、60年近くの間被曝の実態は隠されたままでした。1985年から高知県で始まった高校生の調査から被曝のことが次々と明らかになり、2014年にビキニ被曝船員の資料が開示され、2018年に高知の元船員や遺族の方たちが国に対して損害請求訴訟を起こしました。高知地裁、高松高裁は、「国家賠償請求権は除斥期間を過ぎている」「政府が意図的に隠した事実はない」として訴えを棄却しましたが、被曝の事実を認定し元船員らの救済の必要性について言及しました。そうしたことから2020年3月、被曝船員の救済を求めて東京地裁・高知地裁に提訴し、二つの裁判を続けています。水爆実験から69年経った今も「ビキニ事件」は終わっていないのだと実感しました。
2月28日午後の分科会では第三分科会「被爆者・援護連帯 ~ 核兵器禁止状条約を力に」に参加しました。内容は「黒い雨」の現状と課題とおよび被爆二世・三世の現状と課題でした。特に、元毎日新聞広島支局の記者で、黒い雨裁判をずっと取材し、黒い雨のルポルタージュを著わされた小山美砂さんの特別報告「切り捨てが続く広島・長崎」に感銘を受けました。原爆投下後に降った黒い雨をあびた被害者に対して国はごく限られた範囲でしか補償しておらず、多くの被爆者が重い病気に苦しみ放置されてきた。黒い雨の降ったとされる区域以外の被爆者が援護を求めて訴えた裁判で、21年7月広島高裁は、国(県市)の控訴を却下して、原告84名全員に被爆者健康手帳の交付等を認める地裁判決を維持し、さらに被爆者の該当基準について、「原爆の放射能により健康被害が生じることを否定できない」ことを立証すれば足りるとしました。しかしその後の新しい救済制度では、この画期的な司法判断に反して、雨域や、一定の疾病にかかっていることを被爆者と認める要件にしているなど、切り捨てはまだ残っています。また長崎の被爆体験者も放置されたまま。すべての被爆者を一刻も早く救済してほしいと願わずにはいられません。核兵器禁止条約は第6条に被爆者援助および環境の修復を定めています。核廃絶にむかう重要なプロセスとして、日本政府に核による被害を直視させ、禁止条約に参加するよう強く求めていくことが重要という彼女の言葉に強く同感しました。
放射能による被害をきちんと賠償し、2度と国民が苦しむことがないような政治を行わないとまたこの悲しみが繰り返されると思い、今強く軍拡の道を突き進もうとしている時期にこうした実情をあらためて知ることができて大変良かったです。関心をもたれた方は彼女の『「黒い雨」訴訟』(集英社新書 2022.7)をぜひお読みください。
1日のビキニデー集会ではほかに原爆展を県内120カ所で開催した岐阜県の話や、自衛隊や米軍の軍事強化問題で揺れる鹿児島からなども報告など興味深い報告が多くあり、集会最後にはロシアのウクライナ撤退、日本政府に「安保三文書」の撤回や、禁止条約の署名・批准を求めるなどのアピールを採択して終わりました。今の状況に危機感をもって身近なところから少しでも活動をすすめていかなくてはと思いを新にしました。